広重の「山+S字」構図


 
 広重の「山+S字」構図とは、当ページの作者が勝手に作った言葉で、歌川広重の風景画に多く現れる、「上部に山、その下にS字状に流れる水の流れ(川や海)」という構図である。
 
 発見のきっかけは、「諸国六十余州名所図会」に含まれる次の2つの絵の構図が非常に似通っていたことである。


駿河 美保の松原
出羽 最上川

 左の絵は、諸国六十余州名所図会の「駿河 美保の松原」、右は同じく「出羽 最上川 月山遠望」である。左の絵では、上部に富士山が配置され、その下に駿河湾が広がるが、それが美保の松原で区切られてS字を構成している。右の絵では、上部に月山が配置され、その下には最上川がS字状に蛇行する。

 この2つだけなら、単なる偶然かも知れないが、他にも似たような構図のものは多く見つけることができる。たとえば次の絵を見て欲しい。

四ツ木通用水引ふね
南品川鮫洲海岸
 
 左は、「名所江戸百景」の「四ツ木通用水引ふね」、右は同じく「南品川鮫洲海岸」である。左の絵は、何もいうことはないこの構図の典型である。山は筑波山らしい。右は、川ではなく海であるが、海苔ひびによって変わった海の色の境目が見事にS字を構成している。ついでに、遠景の同じく筑波山にかかる雁の群もまたS字を描いている。

 以上は、基本的な「山+S字」構図だが、他にも「山+C字構図」とか、「山無し+S字」などの変形構図も多数存在する。絵画の構図としては、専門家ではないが、「山から川が流れてくる」自然さと、S字による画面上での動きを表現することができる、と言うことができる。「諸国六十余州名所図会」の絵の中には、広重が一度も訪れたことのない場所のものも多く含まれているらしい。そうした行ったことがない場所を書くのに、書き慣れた構図が多用された、ということができるのではないか。また、絵画とは直接関係ないが、いわゆる風水説でいう「蔵風得水」型の地形では、北に高い山、その南に広がる平野、平野の真ん中を流れる川、東西にも山、南は小高い丘、ということになる。(ソウルや奈良、京都などアジアの都にはこの地形が多い)広重の「山+S字」構図は、画面上部を北と仮定すれば(必ずしもそうではないが)、ある意味でこの蔵風得水型地形を無意識に描いている、とも言える。

追記:2001年8月21日

上掲の絵のうち、「四ツ木通用水引ふね」に登場する用水=曳舟川は、元々「亀有上水」という水道だったらしい。それが単なる用水路に格下げになったのは、偶然だがまさに「風水説」のせいらしい。振り袖火事などの大火が多発した江戸時代に、その原因が上水のせいにされたのである。つまり、こうした上水が大地を分断した結果、大地の気脈(エネルギー)が弱くなり、風をコントロールする力が弱まったため、火事が多く起きるようになったというのである。(当ページ作者は風水説の紹介をしているが、個人的には風水説は迷信以外の何ものでもないと思っている。)


 
 
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