羽入辰郎「マックス・ヴェーバーの犯罪」徹底批判

 



 

 
【著者】羽入辰郎(はにゅう・たつろう)
【書名】「マックス・ヴェーバーの犯罪−『倫理』論文における資料操作の詐術と『知的誠実性』の崩壊−」
【出版社】ミネルヴァ書房
【発行】2002年9月30日初版第1刷発行
【ISBN】4-623-03565-4 C3336
【価格】4200円(税別)  
 

 
  羽入辰郎の「マックス・ヴェーバーの犯罪」は、マックス・ヴェーバーという有名なドイツの社会学者の、これまた非常に有名な論文である「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を取り上げた書籍である。 筆者は現在青森保健大学の教授であり、1995年に東京大学倫理学博士号を授与されている。

  このように紹介すると、何やら高踏的な、非常に学術的な論文である、という印象を持たれるかも知れない。いや実際に、本書は元々著者の修士号論文、博士号論文をベースにしたもので、出版社も京都の学術系のところであり、少なくとも外見は学問的な装いに満ちている。 ただ、「マックス・ヴェーバーの犯罪」といういかにも際物的なタイトル、あるいは、トイレで本を読む癖があるという著者の奥方の話から始まる序文など、よく気をつければ、実は「非学術的な」装いにもまた満ちているのである。

  書籍の内容は、ヴェーバーの上記の論文の主要な論点はほぼすべて無視し、筆者の都合のいいところ、論じたいところだけを断章取義的に抜き出して、筆者の勝手な論理を付け加えたものである。 その論点とは、「ヴェーバーが論文を書くにあたって、より1次資料に近い資料を十分に参照したかどうか」「ヴェーバーがどのような資料を見て、どのような資料を見なかったか」といった、はっきりいってどうでもよいことばかりである。万一、筆者の主張するところがすべて真実だとしても、そのことでヴェーバーの打ち出した仮説や理論の価値はまったく揺るぎはしない。 しかしながら、この著者が狙っているのは、ヴェーバーの「知的な巨人」というイメージをひたすら引きずりおろして、「世間では偉いと言われているヴェーバーなんてこんなもんなんだよ」という中傷誹謗による自己満足と、それに気がついたのは私だけですよ、といった自己宣伝である。

  しかも、下記に紹介する当HP主宰者がまとめた4つの論考を参照いただければ十分おわかりいただけるように、その都合のいいところだけを取った論点を一つ一つ見ていっても、それぞれの論の進め方、論証は見事なまでに出鱈目である。また、研究調査の基礎、という意味でも、やたらと「文献学」という言葉が出てくるにもかかわらず、ほとんど学部生なみにレベルが低く、複数の資料を比較して特定の資料に含まれているかもしれない間違いに引きずられないようにするとか、余計な先入観を排除して事実を扱う、といった当然成されるべきことが成されていないのである。 これが天下の東大の博士号論文に基づいているとは、今でも信じられない。文部科学省による大学院のレベルの意図的引き下げは、ついにこのような形で外部に恥をさらすまでに至ったということらしい。

  もう一つ、本書を巡って特徴的だったのは、このような出鱈目な内容を、様々な学者がろくに検証もせず鵜呑みにし、また鵜呑みにしただけに留まらずしばしば称賛したことが挙げられる。 そのような動きの一つの典型として、PHP研究所が「山本七平賞」を本書に与えたというのがある。その審査員代表はあの養老孟司であり、養老は選考の言葉として「この論文が正しいかどうか検証している時間はない。だが非常に論文らしい論文で、また女房のエピソードなど読んでも大変面白い」
と絶賛した。 この無責任さと非学問性こそ、本書の評価における一つの特徴的な現象であった。

  以下の当HP主宰者による4つの論考は、当初、ある大学の社会科学の助教授のHPに他の論考と共に掲載されたものである。そこでは実名で掲載されているが、本HPに転載するにあたり、ハンドルネームに改めた。それに伴い、いくつかの固有名詞も仮名に改めた。それと若干の言葉遣いの修正以外は、オリジナルのままである。 4つの論考があるが、最初のものは、導入的に羽入論文の中にまでは踏み込まず、主として外面的なことを、やや面白おかしく論じたものである。第2論考はかなり本格的な検証であり、この論考で羽入書の出鱈目がほぼわかってしまう。 第3論考・第4論考は、第2論考への補遺である。本来の目的からは逸れるが、第2論考以降は、ヴェーバーの倫理論文を読む上での、英訳聖書の入門としてもそれなりに読んでいただけると若干の自負を持っている。 (何せこの調査のために、わざわざハイデルベルクまで行き、OEDのCD-ROMを買い、海外の古書サイトで英訳聖書のカタログまで取り寄せている。 かなり手間暇かかっているのである。)お時間がなかったら、取りあえず第2論考だけでも読んでいただければと思う。

(2006年8月6日追記)
とあることがきっかけで、これまで書いた下記の六本の論考を、再編集してきちんと論文形式にした。これが決定稿である。単なる再編集に留まらず、ロサンゼルスのDr.Gene Scott Bible Collectionを2006年6月に訪問し、そこでの調査結果を加えてまとめ直してある。
(2007年7月16日追記)
上記決定稿に、さらに2006年11月にミュンヘンを訪れ、そこにあるバイエルン科学アカデミーにEdith Hanke博士を訪ねヴェーバーの蔵書について調査した結果を加え、なおかつ羽入の論点を整理して追加したものを最終稿とする。この最終稿は諸事情があって公開を遅らせていたが、初版校了から約1年が経過し、これ以上非公開のままにする理由もないと思われるのでここに公開する。

最終稿「羽入式疑似文献学の解剖」
   
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   ナカニシヤ出版から、上記の「羽入式疑似文献学の解剖」を含む「日 本マックス・ウェーバー論争」が出版されました。(2008年7月19日)
 ロンドンの大英図書館での英訳聖書調査の結果などを含む
『羽入式疑似文献学の解剖』補遺をブログにアップしました。(2008年8月18日)


第1論考:「羽入−折原論争への応答--門外漢による『貧者の一灯』」 
(2004年4月5日)

第2論考:「『羽入氏論考』第1章『"calling"概念をめぐる資料操作』の批判的検証」

 (2004年6月1日)
 

第3論考:「ハイデルベルク訪問記と拙第2論考への 若干の補遺」

 (2004年10月10日)


第4論考:「羽入論考第1章批判最終稿」
 (2004年10月30日)

第5論考:1583年と1599年のChristopher Barker出版聖書(京都外語大学図書館所蔵)の調査結果
(2004年11月7日追加)

第6論考:ジュネーブ聖書に関しての若干の補遺
(2004年11月15日追加)


(注記) 上記の筆者の論考は、羽入論考の第1章のみをもっぱら対象とした批判である。羽入論考全体の徹底した批判については、筆者の大学時代の恩師である折原浩先生の次の2冊の著作を参照されるとよい。

折原浩著 ヴェーバー学のすすめ 未來社 2003年12月刊行
折原浩著  学問の未来 ヴェーバー学における末人跳梁批判 未來社 2005年8月刊行



 (2004年10月30日記、2004年11月7日第5論考追加、2004年11月15日第6論考追加、2005年8月14日折原先生の著作紹介追加、2006年8月6日決定稿追加)

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